大江戸シンデレラ

すると、着付けの女が慌てて、

「うちら町家と違って、お武家さまは公方様んとこの若様の忌引(きびき)っとかで、せっかくの目出度(めでた)い晴れの日だってぇのに、派手にゃできず気を遣わにゃならねぇって、難儀なこってすねぇ」

と云う。その目は、白無垢ではない真っ黒な裲襠(うちかけ)に注がれていた。

すると、もう一人の女も、

「そうそう最近じゃ、大名様や羽振りの良い商家では『三襲(みつがさね)()ってさぁ、祝言の最中に白無垢から赤、それから黒と、裲襠(うちかけ)を着替えて『色直し』させんだとよ」

と云い添える。暗に「黒」が別に不祝儀であるとは限らず、祝言でも用いられる色だと教えてくれているのだ。

「へぇ、お大尽ってのは豪勢だねぇ。
それに、この裲襠の黒はまるで檳榔子黒(びんろうじぐろ)みたいに黒々してるじゃないか」

一番無愛想に見えた年嵩の化粧師までもが、口を添えてくれる。

「黒」は黒ければ黒いほど極上品である。
中でも檳榔地黒は最高級の黒で、家一軒買えるのではないかと云われるほど高直(こうじき)な染料だ。


されども、美鶴の心持ちは一向に晴れなかった。

刀根(とね)の「教え」の中に、

「『純潔の証』であるとともに『死装束』でもあるのが、武家の女子(おなご)が祝言を挙げる際に(まと)う『白無垢』でございまする。
婚家の 『色』に染まりやすいゆえという意は元より、死せるそのときまでただひたすら純粋無垢な心持ちで嫁いだ御家(おいえ)のために奉公する、と云う覚悟のほどを(あらわ)しておりまする」

とあったからだ。


——なのに、よりによって「黒」とは……

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