大江戸シンデレラ
またその折には、ちょうど良き機会とばかりに、刀根から武家の女にとって何物にも換え難きものを与えられていた。
美しい桐箱に入ったそれは、美鶴の前にすーっと差し出された。
『開けられよ』
さように云われて、美鶴が封じられていた紐を解き箱を開けると、一口の懐剣が入っていた。
鞘には漆塗りの地に常盤松を背に天高く飛翔しようとする一羽の鶴が色鮮やかに描かれていて、柄や鍔の部分には熟練と思しき職人による見事な細工が施されていた。
『此の剣を、武家に生まれたそなたの「命」と思え』
刀根の凛とした声が、座敷に響く。
『いざと云うときの護りになるのはもちろん、もしも武家の女としての誇りが傷つけられようとした折にも、潔う役立ってくれようぞ。
……これより肌身離さず待ち、嫁入る際には必ず持っていかれよ』
本来は、母親が武家の女の心得を説きながら娘に渡すべきものであった。
だが、知らぬ間にいろんな家との養子縁組を経てきた美鶴には、その任にあたるはずの「母親」が曖昧になっていた。
『……刀根さま、ありがたく頂戴し奉りまする』
美鶴は深々と平伏し、懐剣を受け取った。