大江戸シンデレラ

「……島村の旦那、いいんですかい」

くたくたに着古した木綿の着物を尻っ端折(ぱしょ)りに(から)げた岡っ引き・辰吉(たつきち)が、ため息混じりに訊く。

御新造(ごしんぞ)さんが待つ八丁堀(うち)(けぇ)んねえで。
祝言を挙げたばっかでござんしょう」

「あぁっ、旦那、そいつぁいけねえや。
きっと早晩、御新造さんから愛想(あいそ)尽かされちまいやすぜ」

湯呑みに茶を淹れて持ってきた、下っ引きの伊作(いさく)が口を挟む。


尚之介の切れ長の鋭い目が、辰吉と伊作を射抜いた。

とても、一介の同心が放つ眼差しではない。

二十歳(はたち)そこそこで、辰吉の手下の仕事をしている伊作はもちろん、すでに初老に差しかかり、今までさんざん酸いも甘いも噛み分けてきた辰吉ですら、ぶるりと震えるくらいだ。


「……ちょいとその辺を見回ってくる」

尚之介はかように告げるとすっと立ち上がり、表の通りに通じる油障子をがらりと開いた。

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