大江戸シンデレラ

やがて駕籠が止まって、地面に下ろされた。

垂れていた(むしろ)(めく)り上げられる。

(いま)だ駕篭に揺られている心地はすれども、立ち上がればくらりと目眩(めまい)を起こしそうになるのを励まして、美鶴はゆっくりと外へ出た。

目の前の家屋を見て、美鶴の目が見開かれた。

——此処(ここ)は……
島村の御家(おいえ)ではあらでなんし……


先刻(さっき)までいた御殿のような御屋敷に較べると見劣りはするが、裏門にもかかわらず島村の家の正門より立派な門構えである。

——もしかすると……
広次郎さまの御実家なのかもしれなんし……

とすれば、代々内与力の御役目に任ぜられた御家である。

御公儀より与力に与えられる家屋が、同心のものとはかけ離れた広さであることは、指南役の刀根(とね)から聞き及んでいた。


「……御新造(ごしんぞ)さん、どうぞ(へぇ)っておくんなせぇ」

門の前で控えていた女中が告げた。
一重の細い目の、のっぺりとした目鼻立ちをした中年の女だった。


——『御新造』……

武家の中でも御家人の妻に対する呼び名で呼ばれた。

今の美鶴はすでに眉を剃り落とし、お歯黒をつけ、丸(まげ)に結った髪になっているはずだ。

それは「人妻」の(なり)で、だれが如何(どう)見ても……

もう「娘」には見えまい。

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