大江戸シンデレラ

出迎えられた女中に案内(あない)されつつ、美鶴はだだっ広い屋敷内の庭に面した回廊をしばらく歩んで行くと、やがて座敷に通された。

さぞかし腕利きの職人の手が入ったと思われる立派な庭が雪見障子の向こうの縁側から一望できる、日当たりの良い明るい部屋だった。

此処(ここ)は広次郎の生家である内与力・上條の御家(おいえ)に違いないと、美鶴は思い定めた。


——さすれば……

このあと初めて広次郎さまの御父上・御母上にお目にかかり、わたくしは「嫁」としての御挨拶を()りおおせねばならぬのではあるまいか。


つい今しがた挙げた祝言の席で、広次郎の父親には御目通りしたはずであるが、ただでさえも俯きがちであった上に綿帽子の陰に隠れてほとんど前が見えず、顔かたちもその(なり)もまるで覚えていない。

かろうじて、我が身の前方に見知った島村 勘解由が座していたのが(わか)ったくらいである。

勘解由は、美鶴が養女として幾重にも縁組された一番最後の御家(おいえ)の「名代」として祝言の場にいた。


——とにかく、御両親の前では広次郎さまの恥にならぬよう、しかと口上を述べねばならぬ。

美鶴は気を引き締めた。

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