大江戸シンデレラ

夕刻になって、美鶴は先ほどの女中が支度した夕餉(ゆうげ)を座敷で一人食した。

もともと、武家では夫婦(めおと)であれ同じ場で食すことはないゆえ、当然のことであった。

そのあとは、界隈の組屋敷の者たちが通っていると云う湯屋(ゆうや)(銭湯)へ案内(あない)されて、今日の疲れを洗い流した。

しかしながら、美鶴は(いま)だに屋敷の主人(あるじ)にも妻女にも、そして広次郎にも会えていなかった。


「旦那様や奥様には明日(みょうにち)御目通りなさるんが『武家の仕来(しきた)り』ってこってす。
そいから、若旦那様は急な御役目っつうこって、祝言が終わったその足で奉行所の方へ向かいなすったんで、御屋敷に戻ってきなさるんは大方(おおかた)夜半になりそうでやす」

奥様からの言付けだと云って、女中が美鶴に伝えた。


今日のうちに御両親に御目通り叶わず、さすれば口上も告げられぬのは残念至極であるが、これが武家の仕来りで不義理にならぬのであらば仕方あるまい。

『嫁ぎ先の御両親様に不義理を働くことこそが、武家の女にとっての御法度にてござりまする』

武家の育ちでない美鶴にとって、刀根の教えに(のっと)ることが、唯一我が身を(たす)く道となる。


美鶴は一つ肯いた。

すると、女中は一礼して座敷を座した。

その折、夜具とともに縫い物の道具を一式置いて行ってくれた。

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