大江戸シンデレラ

「あ、あの……」

美鶴は恐る恐る口を挟んだ。

「昨夜のことでこざりますれば、わたくしが悪うござって、旦那さまはなにも……」

「御新造さん、この期に及んで若さまを(かば)いなさるんは、()しておくんなせぇ」

間髪入れずにおせい(・・・)から制された。

「今朝、若さまから呼ばれてお部屋に入り、夜具を見たときのたまげたことっ()ったら……」

おせいは、ぐすっと(はな)をすすった。

「若い女中じゃなくて、出戻りのあたいに『始末』をお頼みになったんは、若さまにしては上出来でやんすが……」

夜具にべっとりと付いていた(おびただ)しい鮮血を思い出し、おせいは身震いした。


「……『向こう』は今でも、おせいと()りを戻したがっておるがのう」

かつて、おせいが所帯を持っていた男は、この屋敷で働く中間(ちゅうげん)で、今も毎日のように顔を合わせている。

子に恵まれなかったことを苦にしたおせい(・・・)が、敢えて我が身から「三行半(みくだりはん)」を突きつけて別れていた。

「奥様、おせいはもう子を産める歳でもありゃあせんし、死ぬまでこの松波の御家に奉公するつもりでやす」

その「忠義」は、この組屋敷の界隈にいる武家の男と較べても、だれより強いかもしれなかった。

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