大江戸シンデレラ
志鶴はふぅ、とため息を一つ吐いた。
「とにかく……兵馬にはわたくしが、もそっと嫁御を大事に扱うよう、とくと話しまするがゆえ」
「お待ちくだされ、姑上様。
ほんに……わたくしが悪うござって……」
されども、まさか……
「閨の中で、誤ってほかの男の名を呼んだために、若さまを激怒させてしまった」
とは、口が裂けても云えぬ。
そうこうしている間に、
「御新造さん、そろそろお部屋に朝餉の支度ができる頃でやす」
と、おせいに促され……
「さすれば美鶴殿、あとのことは心配するに及ばぬ。何卒ゆるりとなされませ。
そなたが生家の貴藩の下屋敷から移られて、しばらくは北町の島村殿の御家にござったことは聞き及んでおりまする。
されども、同じ奉行所の組屋敷とは云え、北町と南町とは違う処もござりましょう。
わたくしも元は北町の身、正直申して慣れぬうちは辛うござったことも……
ゆえに、なにかござりますれば、おせいに何なりと申し付けられよ」
と、姑からこうまで云われては、ますます二の句も継げず……
「……それでは、此れにて御免仕りまする」
と、美鶴は平伏し、志鶴の座敷から辞するしかなかった。