大江戸シンデレラ

だが、気を巡らせてばかりいても埒は明かない。

美鶴は気を取り直して、浴衣の仕立てに取りかかることにした。

兵馬は、長身の島村 勘解由より、身丈がさらに一寸(約三・三センチ)ほどありそうだった。

——若さまは肩幅がしっかりして、手脚が(なご)う見えたゆえ、念のため(ゆき)丈と(つま)下は島村さまのよりも一寸半(約五センチ)ほど出しておこうか。二寸(約六・六センチ)では長すぎるでござろう。あとは島村さまと同じでござんしょう。


あれは……美鶴が吉原を出る直前の頃だった。

美鶴が分別のつかぬ同心見習いたちに襲われかけた(ところ)を、兵馬に助けられたのが切欠(きっかけ)であった。

いつしか、兵馬とほぼ毎日、人目を憚りつつ明石稲荷の御堂で逢うようになっていた。

あの頃の兵馬の、若侍らしく生き生きとして颯爽とした姿が、美鶴の心に(よぎ)る。


——あの頃の若さまは、滅法界もなくお優しゅうござんした……


されども、今の我が身には、あの頃がひと昔もふた昔も前のことのように感じられてならない。

昨晩の兵馬は、あの頃とはまるで別人のごとく冷ややかであった。

その姿は、まさに町家の者を取り締まる奉行所の役人の風情(ふぜい)であった。

兵馬にとっては、所詮「御家のための妻」であることが、まざまざと思い知らされた。

だが、兵馬とて美鶴があの「舞ひ(まい)つる」であるとは、夢にも思っていないであろう。

また、それを明かしては絶対にならぬ。


——若さまと、また心が通い合う日が来るなぞ、わたくしには到底思えぬ……


さような思いを振り切るかように、美鶴は巻かれた反物の布地を、ばさり、と畳の上に広げた。

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