大江戸シンデレラ
◇岳父の場◇
この松波家の家人が使う部屋では間違いなく一番立派な座敷の前に、美鶴は来た。
鶯茶色の小袖の上に羽織った紅鼠色の打掛に乱れがないかしかと確かめたあと、明障子の前で正座する。
「……美鶴にてござりまする」
声が震えぬよう、腹に力を入れて申す。
「入れ」
短くとも威圧感溢れるその凛とした声は、まさに人の上に立つ者の其れであった。
美鶴はややもすると怯みそうになる心を落ち着けるために、一度大きく息を吸った。
背筋を伸ばしてから、明障子をすーっと開ける。
「舅上様、美鶴にてござりまする。昨日は話もできず、誠に申し訳ありませぬ。
つきましては、本日改めて御目通り願いまする」
吉原の廓で振袖新造だった時分から、数えきれないほど頭を下げてきた美鶴であったが、此度は今までで最も深く平伏した。
「御無礼仕りまする」
そして、座敷の中へと入った。