大江戸シンデレラ
◆◇ 九段目 ◇◆
◇離礁の場◇
あの初夜の日以降、美鶴が夫である兵馬の顔を見ることはなかった。
此れよりしばし宿直が続く、と奉行所から一度使いの者を寄越したっきり、屋敷に帰ってこなくなったのだ。
されども、松波家の舅も姑も、そして御家のために忙しなく立ち働く使用人たちも、たとえ陰であろうと美鶴を悪しざまに咎める者は、だれ一人とていなかった。
「……祝言を挙げたばかりと云うに、家にも帰って来ぬとは、いったい兵馬は如何なる了見か。
わたくしは兵馬の母として、美鶴殿に申し訳のう思うとともに、情けのうござりまする」
特に、姑の志鶴が怒っていた。
口調は武家の妻女らしく静かであったが、すぅーっと細められた「天女の目」が肝を冷やすほど怖い。
どうやら、兵馬が『我が妻にしとうござる』おなごとは添い遂げられず、御家の体裁を慮ってしぶしぶ美鶴を娶った、ということを知らないようであった。
「兵馬が帰ってきた折には、一言申そうと思うて待ち構えてござるというに……」