大江戸シンデレラ

「あ、あの……それで、旦那さまの浴衣でござりまするが……」

美鶴は縫いかけの布地を差し出した。

そもそもは、兵馬のために縫っている浴衣を検分してもらうために、姑の部屋を訪れたのだった。

松波の家では、だれもが美鶴を下にも置かぬ扱いゆえ、今や縦のものを横にもせぬのかと云うほど横着な暮らしぶりだ。

もちろん、美鶴はさような暮らしを望んでいるわけではない。

ゆえに、せめて縫い物でもしていないと、毎日間が持てないのだ。


「あぁ、そうであった」

志鶴は差し出された布地を受け取り、隅々まで確かめ始めた。

——なんとか、姑上様の気を逸らすことができて()うござった。


されども、美鶴はやはり縫い物は不得手だ。
だからこそ、一針一針、丁寧に刺すことを心がけている。

そうすると、当然のことながら手は遅くなってしまうが、姑からそれを咎められたことはない。


「……縫い目はしかと揃っておりまする。このまま続けてくだされ」

志鶴の言葉に、美鶴はほっと胸を撫で下ろした。


——たとえ、若さまに袖を通してもらえなくとも……

いや、わたくしが縫ったことを伏せて手渡してもらえれば……

もしかしたら、袖を通してくれるやも知れぬ。

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