大江戸シンデレラ
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「御新造さん、今日はなにか御用でもありなさるのかい」

ある日の朝、おせいが美鶴の部屋へ来て尋ねた。

つい今しがた、美鶴は朝餉(あさげ)を終え、おさとが箱膳を片している(ところ)であった。

「いいや、特にはなにもあらぬが」

相変わらず「夫」が帰ってこない毎日、縫い物などくらいしか為すことがなかった。

正直云って暇を持て余していた。


「そろそろ御新造さんも、松波様の御屋敷に落ち着きなすった頃でやんしょう。
御実家に置いてきなすった(もん)で手許に置きてぇのがあるんじゃないか、って奥様がおっしゃってなさるんでやすが……」

世間の目に極力触れぬ必要があったとは云え、まるで(かどわ)かしに遭うかのごとくいきなり駕籠(かご)に乗せられ、美鶴は()の松波家に連れてこられた。

「『御実家』とは……」

「北町の島村様の御家でさ」

——えっ、姑上(ははうえ)様が……
わたくしを……島村の御家へ……

確かに、ありがたきこととは思うが、生憎、美鶴には島村の家にそないに後生大事にするほどの物はなかった。

されども、おさとが口を開く。

「御新造さん、参りやしょう。手慣れた針箱の方が、きっと縫い物も捗りやす。
あたいがお供さしてもらいやすんで」

そう云って頭を下げた。

「おさとのような島村の御家に勝手知ったる(もん)が付いてった方が、こっちも安心だ。
あと荷物持ちにもう一人、男衆(おとこしゅ)中間(ちゅうげん)でも連れて行っておくんなせぇ」

おせいも、うんうんと肯きながら美鶴を促す。


「……相分(あいわ)かった。姑上様のお云い付けどおり、島村の家へ参ろうぞ」

美鶴はあまり気乗りはしないものの、姑・志鶴の心遣いもあって承知した。

「では、おせい、姑上様にさように伝えておくれ。おさと、わらわの支度を頼む」

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