大江戸シンデレラ

「先般、北町奉行所隠密廻り同心・島村 勘解由(かげゆ)嗣子(しし)として無事当家と縁組相成(あいな)り、今は御公儀より見習い同心の御役目を戴く身にてござる」

広次郎はさように口上を述べると、座敷に立ち入ることなく、縁側の板床に腰を下ろした。

「ゆえに(それがし)の名は……島村 広次郎にてござる」


「それは……御無礼(つかまつ)ってござりまする」

美鶴は詫びたが、すんでのところで(かしら)は下げずに済んだ。

「……島村殿」

そして、目上や対等の者に対して使う「様」から、目下の者に使う「殿」に改める。

此度(こたび)は誠に御目出度(おめでた)きことにて、御慶び申し上げまする。
さすれば()れよりは、養家・島村家のため……そなたを嗣子として迎えられた恩義ある御家(おいえ)のため、なお一層ご精進なされませ」

「上條」広次郎は、松波家と同じ与力の御家(おいえ)の者であった。

されども、「島村」広次郎となり、同心の御役目に()いた今……

二人の間には、身分の壁が(そび)え立っていた。

「はっ」

縁側に座す広次郎が、頭を下げた。

与力の奥方となった美鶴は、同心である広次郎を無闇矢鱈に座敷の中へ招じ入れることもできなくなっていた。


——つい先達(せんだっ)てまでは……

このお方と、夫婦(めおと)になるものとばかり思うておったものを……

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