大江戸シンデレラ

広次郎が床板から、すっ、と立ち上がった。

「御役目の最中(さなか)に通りかかって参ったゆえ、()れにて御免(つかまつ)ってござる」

御納戸(おなんど)色の着物の上に裾を(まく)って角帯に手挟(たばさ)んだ紋付の黒羽織、裏白の紺足袋(たび)雪駄(せった)履き。

そして腰には二本、水平に差された大小の刀。

すっかり「同心」の(なり)になった「島村 広次郎」が其処(そこ)にいた。


美鶴は改めて、その姿を見つめた。

広次郎の切れ長の目が降りてきて、美鶴の(なつめ)のごとき大きな瞳と出合う。

澄み切った切れ長の目が、美鶴を真っ直ぐに射抜く。

二人の視線が出合った。


不意に、心に染み入るやさしい声で、広次郎は美鶴に尋ねた。

「…… (つろ)うはござらんか」

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