大江戸シンデレラ

だが、此度(こたび)のことは美鶴や広次郎や……そして兵馬ですら抗うことができぬ「権力(ちから)」によって導かれていた。

広次郎はきっと、叔父であり今や養父となった島村 勘解由より、美鶴が祝言を挙げる相手が我が身ではなく松波家の嫡男・兵馬であることを、(あらかじ)め聞かされていたに相違ない。

にもかかわらず、我が身が何故(なぜ)、かような「当て馬」のごとき身に甘んじなければならぬのかは、勘解由の口からはいっさい語られることはなかったであろう。

おそらく()れが「島村 広次郎」としての、初めての「御役目」であったのかも知れぬ。

そして、広次郎だからこそ、其の任に耐えられると勘解由に看做(みな)されたからこそ、()の御役目が与えられたのであろう。

美鶴には、さように感じられてならなかった。


されども……

今さら、其れを広次郎に確かめることはない。
確かめて、如何(どう)なると云うのか。

美鶴は、今や南町奉行所の筆頭与力の御家(おいえ)の「嫁」である。

婚家の松波家が「上」の意向に従いさように判じたのならば、美鶴もまた其れに従うまでだ。

迂闊に口を滑らせれば、「御家の恥」にもなりかねない。

武家にとっての「恥」は万死に値する。


ゆえに、美鶴は微笑みながら、ゆっくりと左右に首を振った。

「松波の御家では……(みな)から良うしてもらっておりまするゆえ」

松波の家人たちが美鶴を下にも置かぬ扱いであることに、嘘偽りはなかった。

——ただ、旦那さまを除いては……


その微笑みに、ふっと哀しみの影が差してしまったのは、如何(どう)しようもないことであった。

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