大江戸シンデレラ
「……先刻、わっちは二階の御座敷の障子窓から、あの『若さま』がうちの見世の前を歩いてなんしたのを見なんした」
箸で昨夜の御膳のお菜の一つを摘み上げると、羽おりがうっとりと云った。
鹿子島田に結った髪が愛らしい、まだ十歳になったばかりの禿だ。
とたんに、舞ひつるの心の臓が、どきり、と音を立てる。おみおつけを食していた手が止まった。
——よもや、わっちが若さまと共にお稲荷さんから帰ってきなんしたとは、気づかれてはおらんしょう。
「えっ、さようなこと、なしてわっちに云うておくれでないかえ。
『若さま』は、廓じゅうの姐さまが是っ非とも『娼方』にと願っとりんすお方と、もっぱらの評判なんし。わっちもお姿、見とうなんした」
もう一人の禿である羽おとが、やはり昨夜のお菜の一つを箸で摘み上げたまま、ぷうっと頬を膨らませる。
羽おりとは同い年で、しかも頭の天辺から足の爪先までまったく同じ出立ちゆえ、双子にしか見えない。
舞ひつるは、明石稲荷で武家の子息たちに襲われそうになったことも、見世の者にはおろか、だれにも云うつもりはなかった。
若さまに「供」をしてもらうことになったがゆえだ。
雲の上のような御身分の与力さまの御子息に、おのれのような下賤な者の「供」をさせるなど、まったく道理の外れたことだと思い、舞ひつるは何度も遠慮したのだが、若さまの方が頑として後に退かなかったのだ。