大江戸シンデレラ

◇媾曳の場◇


美鶴は島村家を辞す際に、隣家に住む千葉家の刀根に挨拶に参ろうと、弥吉を前触れに送った。

ところが、刀根からの流麗な()(したた)められた(ふみ)とともに、弥吉はすぐに舞い戻ってきた。


【今般()御輿入候由(さうらふよし)誠に御目出度(おめでた)き事候故(さうらふゆえ)御祝申し(あげ)御座候(ござさうらふ)
此度(こたび)ノ御来訪余身(みにあまる)候間(そうろうあいだ)誠に有難き(よし)候得共(さうらへども)貴人招ぜらるるに(あら)ざりき我草ノ戸候二付(さうらふにつき)誠に無礼千万(いたみ)入リ候得共此度ハ御遠慮申し上()く御座候】
〈この度お輿入れなさったことを聞き及び、誠におめでたいことと御祝い申し上げます。
今回、当家にお越しくださるのは身に余るほど誠にありがたいことではありますが、尊い身分のお方をお迎えできかねる粗末な我が家のため、誠に無礼千万で心苦しいのですが、今回はご遠慮したいと存じます〉


ならば、刀根に島村の方へ出向いてもらえれば、と美鶴は思ったが……

——おそらく、()うてはくださらぬであろう。


此度の婚儀は公方(くぼう)(将軍)様が服喪なすっている最中(さなか)ということもあり、大っぴらにはできない。

そのためであろうか。

差し出した者の名はおろか、だれに宛てたものであるかも、その文には見事に書かれていなかった。

ゆえに、もしも美鶴が帰りの道端に文を落としたとしても、何の(さわ)りもないように思われた。


刀根の文には、主家である上條家はともかく、その他の「与力の御家」とはきっぱりと一線を画して身の程を(わきま)える、と云う「同心の妻女」としての矜持があった。

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