大江戸シンデレラ
「……して、姑上様は如何なるものをご所望か」
美鶴が尋ねると、
「へぇ、奥様は伝馬町の志ほせ饅頭を買ってくるように仰せでさ」
おさとは思わず頬を緩ませてしまう。
島村の家から譲り受けた針箱を抱える腕まで緩んでしまい、あわててしっかりと抱え直す。
雪のごとく真っ白な大和芋を含んだ皮に、真っ黒な餡が包まれた志ほせ饅頭は、江戸じゅうの者を上下かかわらず虜にするほどの評判であった。
古の昔、唐土より渡ってきた者が大和国で饅頭屋を構えたことに端を発する志ほせ饅頭は、のちに京の天子様をはじめとする雅な御公家ばかりか、天下をめぐって戦に明け暮れる御武家の猛者たちにも好まれた。
初代の公方様(徳川家康)もまた、長篠での合戦の際に戦勝祈願としてこの志ほせ饅頭をお供えして、無事勝鬨を上げることができたと云う。
ゆえに、江戸の者たちにとっては「縁起物」でもあった。
弥吉が往来まで出て、駕籠を二つ呼び止めてきた。
前の駕籠に美鶴が乗り、おさとが後ろの駕籠に乗った。
弥吉はそのあとを徒歩でついて行く。