大江戸シンデレラ

大通りの目立つ店では具合が悪いと思っていたら、少し入った(ところ)にこじんまりとした水茶屋があった。

その水茶屋へ入ろうとした(ところ)で、ゆっくりと美鶴が振り向いた。

「……弥吉」

弥吉が(いぶか)しんだ顔になる。

「せっかく町家に来たのじゃ。ちょいと、おさとと二人っきりで羽を伸ばさせておくれ」

とたんに、弥吉の切れ長の目が見開く。

「おまえも、せっかく町家へ参ったのじゃ。
……(くし)の一本でも、土産に()うて来なされ」

その目が、ますます見開く。

「弥吉さん、なにしてんだい。御新造さんがこう云ってくだすってんだ。(はよ)う行きなよ」

おさとも「加勢」して囃し立てる。


「そ、そいじゃあ……す、すぐに戻ってきやすんで……ご、御免なすって」

弥吉はめずらしく口ごもりながらそう云うと、くるりと踵を返した。

そして、年端も行かぬ若衆のごとく、一目散に駆けて行った。


「弥吉さん、おせいさんに似合う櫛、ちゃんと見つけてきやすかねぇ」

おさとは、にやにやしながら見送った。

弥吉の娘と云っていいほどの歳なのに、これではどちらが大人か知れやしない。

「さ、中へ入るぞよ」

おさとを促しつつ、美鶴は手にしていた黒縮緬(ちりめん)の袖頭巾を被った。

武家の妻女が、町家の者たちに無闇矢鱈と顔を(さら)すわけにはいかない。

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