大江戸シンデレラ

奥まった水茶屋は、大通りにある賑やかな店とは違って、落ち着いた(たたず)まいをしていた。
先ほどから商家の手代のような者たちと数人すれ違っただけで、人通りもまばらだ。

「ちょいと、御免よ」

おさとが暖簾を払って店の内へ声をかける。

「へぇ、らっしゃい。何人さんで」

店の中から、縞の長い前垂れ(前掛け)をした若いおなご(・・・)が出てきた。
水茶屋で働く「茶汲み娘」だ。

別嬪の茶汲み娘のいる水茶屋は、老いも若きもこの娘を目当てにやってくるため、たいそう繁盛する。
茶一杯に四文銭で十枚ほど(約五百円)が相場であるが、人気の娘には客がその前垂れに歌舞伎役者よろしく「おひねり」を()じ込む。

「あたいと、こん人と二人なんだけどさ。
積もる話があんだ。(わり)ぃけど、表からは見えねぇ(ところ)案内(あない)しとくれよ」

「あい、わかりやした……こっちゃどうぞ」

茶汲み娘は店の奥の小上がりへと、美鶴たちを案内(あない)する。


すると、そのとき……一番奥の小上がりから、男と女が出てきた。

「……こんな真っ昼間に媾曳(あいびき)でさ」

おさとが、ひそひそと声にならない声でつぶやいた。

「男の方は見るからに御武家様で……
女の方は……ずいぶん綺麗(きれぇ)なお着物(べべ)を着てなさるから……商家の若女将かもしんねぇな」

袖頭巾を被り、うつむきがちだった美鶴の顔が上がった。

ちょうど、男女が寄り添い合うように並んで、出入り口であるこちらへやってくる(ところ)であった。


「ま…まさか……」

美鶴の顔から血の気が引いた。

思わず、袖口を口元に寄せる。


其処(そこ)にいたのは……

美鶴の夫である兵馬(ひょうま)と……

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