大江戸シンデレラ

美鶴は、袖口で口元を隠して顔を(そむ)けた。

それでなくとも袖頭巾を被っている今、美鶴であるとは気づかれぬであろう。

案の定、兵馬も玉ノ緒も、美鶴とおさと(・・・)の脇をすーっと通り過ぎて行く。

幸か不幸か、おさとが松波家に奉公に入ったときには、すでに兵馬はもう家に帰ってきていなかったゆえ、おさとは兵馬の顔を知らぬ。

兵馬をよく知る弥吉は今、おせいへの土産を買うために駆けて行ったため、此処(ここ)にはいない。

今頃はきっと、小間物屋あたりで無骨なその手にかわいらしい櫛を取り、あれでもない、これでもない、と思案しているに違いない。


「さ、御新造さん、奥へ行きやしょう」

おさとはにっこりと笑って、いっさいの邪気もなくさように云った。

されども——

「ご、御新造さん……い、一体(いってぇ)どうしちまったんでぇ」

一転して、おさとがぎょっとした顔になる。

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