大江戸シンデレラ
ふと、この仕舞屋の裏口にある戸が、がたり、と音を立てた。
——さては、おさとが帰ってきたか。
本日は、おさとが入り用で朝から出かけていたのだが、そろそろ帰ってきてもおかしくはない刻である。
美鶴は竈のある土間へ下りて行って、女所帯で用心のために立てかけていた心張り棒を引き戸から外した。
すると、がたがたがた、と音がして引き戸が開けられた。
「ご苦労でござった、おさ……」
さように云いかけて、美鶴の動きがぴたり、と止まる。
着流しに黒羽織の長身の男が、其処に立っていた。
切れ長の目にスッと鼻筋が通っていて、ちょっと薄めの唇。頭は粋な本多髷。
腰には長刀・短刀を二本差ししている。
そして、腕には巾着を抱えていた。
「……広次郎さま、なにゆえ此処に……」
驚いた美鶴は、つい下の名で呼んでしまった。
されとも、かような美鶴を尻目に、広次郎は「御免」と口の中でもごっとつぶやいたかと思うと、開いた戸の間へその身を滑らせるようにして、するりと家の内へ入ってきた。