大江戸シンデレラ
「……代々与力である上條の家に生まれながら、次男である我が身の上を……
島村の家に入って『同心』にならねばならぬ我が身の上を……」
広次郎は、世捨て人のごとく醒めた目でつぶやいた。
「人知れず……どれほど恨んだことか」
今まで、だれにも明かしたことのない我が心の裡であった。
「されども……」
だが、再びその切れ長の目が輝きを取り戻す。
「島村の家でそなたに出逢えたのも……
もしそなたが離縁したらば、今度は某と『夫婦』になれるかもしれぬのも……」
そして、みるみるうちに熱を帯び始める。
「島村の家に入って『同心』になれたゆえだ」
「広次郎さま……」
美鶴はどう応じてよいか判らず、おろおろと見上げるしかできなかった。
広次郎はしかと美鶴の目を捉えて告げる。
「美鶴殿、そなたの返事は急がぬゆえ……
どうか、考えてはくださらぬか」