大江戸シンデレラ
◆◇ 大 詰 ◇◆

◇口 上◇


松波 兵馬(ひょうま)は、如何(どう)にも腑に落ちなかった。


南町奉行所の筆頭与力として代々続く「松波家の嫡男」として生まれついた。

その後は父母をはじめとする家人の庇護の下、何不自由なく育った。

さらに元服したのち、見習い与力として御役目をこなす日々にも、何の不足はない。

しかも、我が生涯にこの(ひと)あり、というおなご(・・・)にも巡り会えた。

さすれば、父を前に勇んで「一世一代の頼み」と、娶ることを願い出てはみたものの……

返す刀で「町方役人」では到底覆せぬ「(うわ)(かた)」の御意向により、おまえと妻合(めあ)わす相手はすでに決まっておる、と父から突きつけられた。

武家の嫡男にもかかわらず、今まで許嫁(いいなずけ)の一人も定めていなかったのは、それゆえであったかと今さらながらに気づいた。

所詮、生まれたときより周囲によって御膳立てされてきた人生であったのだ。

今さら逆らって生きていくことなぞ、(もっ)ての(ほか)だと(いや)ほど思い知らされた、一刹那(いっせつな)であった。

——我が伴侶にしとうごさる者こそが……
決して我が意のままにはならぬのか……

そして、兵馬は「御家」のために「御家」が選んだ妻女と祝言を挙げた。

< 363 / 460 >

この作品をシェア

pagetop