大江戸シンデレラ
祝言を挙げるまで、妻になる女の顔を見たことはなかった。
そもそも、南町の組屋敷でも母の生家である北町の組屋敷でもなく、何処ぞの藩の下屋敷で生まれ育った娘が相手では、出向いて顔を拝む機会すらなかった。
否、やはり顔を見る気もしなかったと云うのが本意である。
なぜなら、祝言を執り行う間すぐ隣にいる我が「妻」を、兵馬はついぞ眺むることがなかったからだ。
また、公方(将軍)様の御子の忌引につき、晴れがましき祝事は憚れたゆえ、組屋敷の界隈の者たちに披露目をせずに秘密裏に済んだのも、兵馬にとっては僥倖であった。
そして迎えた初夜——
新床に現れた「妻」は、初めは殊勝な様子で兵馬の腕の中にあったが……
あろうことか、夫である兵馬以外の男の名を呼んだ。