大江戸シンデレラ
胎内に収めていた己の動きを、びたり、と止めた兵馬は「妻」を見下ろした。
「そちは……」
未だかつて、出したことのない冷え切った低い声だった。
「この期に及んで……まだ、ほかの男の名を申すか」
相手を突き放すようにして我が身を引き離し、手許の寝間着を引っ掴んで手早く袖を通す。
「興が醒めた。とっとと部屋へ戻れ。
……明日からはもう二度と、某の寝間に来るでない」
吐き捨てるように云い放ったが、
——そう云えば……まだ顔を見ておらなんだな。
思い直して、暗闇の中で行燈を手繰り寄せ、火打ち石と火打ち鉄をカッカッと打ち鳴らして火を熾す。
御用で夜に駆り出される折には、夜目が利かねば仕事にならぬゆえ、兵馬にとっては造作もないことであった。
それから、灯した行燈を「妻」の顔に向ける。
そして、
夜目に浮かび上がってきたその顔は……