大江戸シンデレラ
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その日の夕刻、御役目を終えいつもなら南町の組屋敷へと家路を急ぐ兵馬の足は、とある処へ向かっていた。

其処(そこ)へは、先触れの使いの者すら送っていなかった。

ゆえに、たどり着いても堂々と正門から入って行くわけにはいかず、人目を避けつつ裏門に回る。


裏口にある引き戸に手を掛け、兵馬がいざ開けようとしたそのとき……

がらり、と戸が開いて、中から女が出てきた。

「あんれまぁ……松波様んとこの若さまじゃねぇでさ」

のっぺりとした目鼻立ちをした中年の女が、一重の目をめいっぱい押し広げて驚く。

「なして、こんな裏口からこそこそと入って来なさるんでぇ」

通いの女中をしているおきく(・・・)と云うおなごで、ちょうど(うち)に帰る処であった。


「ちょいと、仔細(しさい)があってよ。
……()りぃがおれがこの家に来たってこった、なるべく他の(もん)には知られとうねぇのよ」

おきくは子を産んだあとに当家に奉公し始めたのだが、そもそも嫁入り前までは松波の御家にいた女中だった。
兵馬がまだ月代(さかやき)も剃らぬ前髪の子ども時分のことだ。

「伯父上は御出仕を終えて、もう(けぇ)っていなさるかい」

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