大江戸シンデレラ

ある日、松波 多聞(たもん)が嫡男の兵馬を連れて、妻と胎の子に会いにやってきた。

多聞は佐久間家の家人への挨拶もそこそこに、愛妻・志鶴の部屋へ息子を連れて向かっていく。

帯刀は、すかさず矢立てと反故紙を引っ掴んだ。

そして、庭に面した回廊を通る多聞を尻目に部屋から部屋へと通り抜けて先回りし、志鶴が嫁入り前から使っている座敷の隣にある部屋へ飛び込んだ。

実は、帯刀の代表作「八丁堀浮世募恋鞘当」は、かようにして知り得た妹夫婦の経緯(いきさつ)をものして世に出した戯作であった。


(ふすま)越しに伝わってくる、隣室にたどり着いた多聞と迎え入れる志鶴の声に聞き耳を立てながら、帯刀が一心不乱に筆を走らせていたそのときである。

『……おじうえ、なにをしてござるか』

振り向くと、角大師の髪の幼子(おさなご)が帯刀の手元を覗き込んでいた。


——兵馬であった。

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