大江戸シンデレラ
『それがし、ははうえよりすでに、てならいをおそわりてござる』
兵馬は帯刀が反故紙に筆で走らせた変体仮名を見て、得意げに胸を張った。
帯刀は、早々と我が子への教育に熱を入れる志鶴を恨めしく思った。
『おじうえ、まことでござるぞ。それがし、うそはもうさぬ。
えーっと……「あるよ…まちわびしをのこ…ひさかたぶりに…をんなのもと…まゐりたりて」』
あわてて帯刀は兵馬の口を手のひらで塞ぐ。
『お、おまえが字の読めるは承知したゆえ、声を上げるでないっ』
切羽詰まった押し殺した声で制す。
『そ、そうだ……』
咄嗟に、帯刀に妙案が閃いた。
『兵馬、もう字を読めるのであらば……
一人前の武家の男として、立派に御役目に就けようぞ』
兵馬は驚きのあまり、その目をめいっぱい見開いた。
『さすれば、そちに……たった今から「隠密」の御役目を任ずる』
さように告げて、帯刀は幼子の口を塞いでいた手のひらから、すっと力を抜いた。
『それがしが……いちにんまえの……ぶけのおのこ……「おんみつ」のおやくめ……』
ふわりと緩んだ手のひらの奥から、ぽつりとつぶやく声が聞こえた。
『よいか、兵馬。
これよりそちが家中などで見聞きした話の種を、だれにも知られることなく密かにこの伯父に話すのが……
そちに与えられた御役目にてござるぞ』