大江戸シンデレラ

舞ひつるの方は、実は振袖新造ではなく「引っ込み禿(かむろ)」になるはずだった。

見世としては、久方ぶりに振袖新造よりもっと格上の「突き出し」にする算段だった。

初見世まではいっさい客の前に姿を見せない引っ込み禿を、初見世でいきなり「昼三」として御目見(おめみえ)させる。
これを突き出しと云い、(くるわ)では最上級の破格の扱いだ。

かつて、舞ひつるの母・胡蝶が、引っ込み禿から突き出しで初見世を迎えていた。

胡蝶は「吉原で百年に一人」と云われた母親からはその類い稀なる美貌と(たお)やかな「舞」を、御公儀の役人として勉学に()けた父親からは和漢書を難なく読みこなす「学才」を、見事に受け継いでいた。

かような胡蝶の命と引き換えにしてこの世に生を受けた舞ひつるは、物心つく前から大見世・久喜萬字屋の期待を一身に背負い、まるで主人(あるじ)夫婦の実の娘のごとく大事に育てられてきた。

見世でつかう源氏名は、姉女郎の名を一字もらうのが常であるが、舞ひつるに限ってはお武家の父親が最後に残していった真名(本名)から、久喜萬字屋の主人が名付けた。


されども、引っ込み禿を拒んだのは、ほかでもない舞ひつるだった。

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