大江戸シンデレラ

庭先で(ひざまず)いていた与太に、兵馬は縁側まで上がるように命じた。

与太は(おそ)れながらも縁側に上がり、板張りの床にきちっと正座する。

「……で、なにが判ったんでぃ」

畳が敷き詰められた座敷の内で、どかりと胡座(あぐら)をかいて座す兵馬が問うた。

「へぇ、そいつがでさ……」

早速、与太が話を始める。

「淡路屋の若旦那だけじゃのうて大旦那まで動いてくだすって、淡路屋総出で『舞ひつる』の行方を追ったそうでやすが……」

「……判らずじまいか」

——大江戸(おえど)屈指の廻船問屋「淡路屋」でも力及ばず、か……


「いや、舞ひつるが今()る町なら判りやしたそうでさ」

——な、なんだとっ。

「そりゃあ、何処(どこ)なんでぃ」

脇息に置いていた腕をぱっと外し、兵馬は身を乗り出した。

「あいつぁ今、何処に居るっ()うんだい」


すると、(たちま)ち与太の顔が曇った。

「ところが、その町ってぇのが……」

与太が告げたのは、町家が(ひし)めく界隈からは離れた、周囲(ぐるり)を真っ黒な渋墨で塗られた杉板に覆われた「黒塀」の家が立ち並ぶ町であった。


つまり——

町家の旦那(しゅ)が入れ上げた色里の(おんな)落籍()かせたあと、家人に知られぬようひっそりと囲ってやっている「妾宅」が立ち並ぶ町であった。

< 406 / 460 >

この作品をシェア

pagetop