大江戸シンデレラ
「お、おせい……そいつは何だ……」
なぜか、兵馬の顔つきがみるみるうちに険しくなっていく。
「何だ、って云われても……『浴衣』でさ」
おせいは訝しげに答えた。
だれがどう見ても、風呂敷包みの中にあるのは縦縞の男物の浴衣である。
「夏だけじゃのうて春や秋にも湯屋帰りに若さまに着てもらいたいってんで、御新造さんは綿紬で仕立てなすったんでやす」
「いや、浴衣を訊いているのではあらぬ。
知りたいのは……その下にござる着物の方だ」
すると、志鶴が手を伸ばして、綿紬の浴衣をぺらりと捲った。
その下から、女物の着物が現れた。
「あぁ、これは、嫁御の御実家から預かってござったのに、まだ渡してござらぬ着物じゃ」
同じく実家から差し出された持参金の金子の方は、離れて暮らすとならば先立つ物が要るであろうと、実家筋の同心に持たせて渡しておいた。
松波の家から用立てても一向に構わなかったが、それでは遠慮して受け取らぬ恐れがあると思い、そのようにした。
されども、娘時分に着ていたと思われる着物の方はついうっかりして持たせそびれた。
「わざわざ嫁ぎ先に預けるくらいじゃ。さぞかし思い入れのある着物であろう」
志鶴はさように云って、黒繻子の掛け襟が付いた黄八丈の着物をそっと撫でた。