大江戸シンデレラ
御公儀が阿蘭陀と唐以外の国との交易を御禁制にするこの御時世、物資の乏しい我が日の本では大名や豪商ならいざ知らず、庶民には着物の持ち合わせなぞとんとない。着た切り雀である。
舞ひつるもまた、いつも同じ着物を普段着としていた。
久喜萬字屋から「押し着せ」として与えられた黄八丈だ。
しかしながら、八丈島で織られた八丈絹「黄八丈」は普段着にするにしては高直であった。
ゆえに、巷では他処で織られた安価な偽物が出回っているくらいだ。
久喜萬字屋が「虎の子」の振袖新造・舞ひつるに与えたのは、黄色地に黒い縞格子が入った正真正銘の「本場黄八丈」であった。
「……さようであったか」
兵馬の心に、黄八丈の着物に真っ白な前掛けをした舞ひつるの姿が、ありありと甦ってきた。
——どうやら、とんだ思い違いをしておったな……
「弥吉っ、影丸の支度をしろっ」
兵馬は背後にいる弥吉に命じた。
弥吉は一つ肯くと、厩から鞍を持ってきて影丸の背に、ばさりと被せた。
そして、面繋を掛けたあと、その口に轡を噛ませて手綱をとる。
「母上、御無礼仕った。
これより、某が我が妻を迎えに参るゆえ、どうかお赦しくだされ」
兵馬は母に向かって頭を下げた。
「おせい、その風呂敷包みをよこせ。某が渡そうぞ」
おせいの顔が、ぱっと輝く。
腕に抱えた風呂敷包みを、すぐさま兵馬へと手渡す。
風呂敷包みを受け取った兵馬は、襷掛けにして我が身に括り付けた。
「兵馬、わたくしに謝ることなぞござらぬ。
そなたが謝るべきはそなたの嫁御——美鶴殿にてござりまする」