大江戸シンデレラ
弥吉が影丸の手綱を引いてやってきた。
「若、どうぞ乗っておくんなせぇ」
「おう、ありがとよ」
兵馬は礼を云うと、鐙に片足をかけ、ひらり、とその背に跨った。
「御新造さんと……よっく話をしておくんなせぇよ」
馬上の人となった兵馬を見上げて、弥吉は祈るような目で云った。
「お互い、あとで悔いが残んねえように……」
すかさず兵馬は、おせいに目を遣った。
すると、おせいは気まずげに目を逸らせた。
志鶴はその姿を見て、お互いいつまで意地を張っておるのか、と焦ったそうに顔を顰めている。
「……相判った」
——おまえたちの二の舞にはなるまいぞ。
弥吉がとっていた手綱から手を離して兵馬に託すと、すーっと後ろへ下がっていく。
「影丸……いざ、参るぞ」
兵馬は一声かけると、ぐっと手前に手綱を引いた。
影丸は雄叫びのように嘶くと、その鶴首をしならせた。
それから、左右の前脚を澄み渡った青空に向けて上げ、主人に応える。
その両脚が地面に下りたと同時に、兵馬は鐙で影丸の横腹をカッと蹴った。
影丸はしなやかな尾を大きく一振りすると、長屋門の向こうにある外の世界へ向かって、軽やかに駆け出した。