大江戸シンデレラ
そうこうしているうちに、其の町が見渡せる処までやってきた。
町家の外れと思われる其処は、辺りに騒がしい長屋もなく、侘しいまでにひっそり閑としていた。
さらに歩を進めて、とうとう目指す仕舞屋を見つける。
——正面から入って訪いを立てるのが、本来でござるが……
突然、祝言を挙げた翌る朝から、新妻である美鶴を一切顧みることなく家を空けてしまったことが、今さらながら甦ってきた。
——少し、様子を伺ってみるか……
仕舞屋は、広さこそ実家の松波家の長屋門ほどであろうが、その周囲は真っ黒な渋墨で塗られた杉板にびっちりと覆われていた。所謂「黒塀」だ。
——これは、ちと厄介でござるな……
外から中を覗き見ることは、いっさいできない。
——どうにかして、門の内に入らねばならぬな。
兵馬は仕舞屋の裏手に回ると、勝手口であろう木戸を見つけた。
周囲を見渡し、人の気配が感じられないのを確かめると、その場に身を屈めた。
そして、すかさず腰から短刀をすっと抜いて、木戸の隙間に差し込む。
そーっと手首を返して短刀を動かしていると、やがてかたり、と音がして閂木が上がった。
吉原で、同心や岡っ引きたちとの御用の際に身につけた技である。
捕物では家内の者に気づかれることなく、すばやく建物の周りを固めねばならぬ。
その際に役に立つ技であった。
ただ、歴とした「与力の御曹司」が、この先捕物でさような「小者」がやる役目を果たすことはあるまいが。