大江戸シンデレラ

そうこうしているうちに、其の町が見渡せる(ところ)までやってきた。

町家の外れと思われる其処(そこ)は、辺りに騒がしい長屋もなく、侘しいまでにひっそり(かん)としていた。


さらに歩を進めて、とうとう目指す仕舞屋(しもたや)を見つける。

——正面から入って(おとな)いを立てるのが、本来でござるが……

突然、祝言を挙げた(あく)る朝から、新妻である美鶴を一切顧みることなく家を空けてしまったことが、今さらながら甦ってきた。

——少し、様子を伺ってみるか……


仕舞屋は、広さこそ実家の松波家の長屋門ほどであろうが、その周囲(ぐるり)は真っ黒な渋墨で塗られた杉板にびっちりと覆われていた。所謂(いわゆる)「黒塀」だ。

——これは、ちと厄介でござるな……

外から中を覗き見ることは、いっさいできない。

——どうにかして、門の内に入らねばならぬな。


兵馬は仕舞屋の裏手に回ると、勝手口であろう木戸を見つけた。

周囲(ぐるり)を見渡し、人の気配が感じられないのを確かめると、その場に身を(かが)めた。

そして、すかさず腰から短刀をすっと抜いて、木戸の隙間に差し込む。

そーっと手首を返して短刀を動かしていると、やがてかたり、と音がして閂木が上がった。

吉原で、同心や岡っ引きたちとの御用の際に身につけた技である。

捕物では家内の者に気づかれることなく、すばやく建物の周りを固めねばならぬ。
その際に役に立つ技であった。

ただ、歴とした「与力の御曹司」が、この先捕物でさような「小者」がやる役目を果たすことはあるまいが。

< 421 / 460 >

この作品をシェア

pagetop