大江戸シンデレラ
物音を立たぬよう静かに木戸を開け、するりと身を滑らせて中へ入る。
黒塀の内側は、外からの目隠しも兼ねて木や草花を植えた前栽となっていた。
兵馬はちょうど良い塩梅とばかりに、木立ちの陰の茂みに身を潜ませた。
其処からしばらく様子を伺っていると、家の裏手にある勝手口の引き戸が開いた。
「おさとと女所帯ゆえ、くれぐれも用心なされまするよう」
出てきた男が振り返って云っていた。
着流しに黒羽織の、長身の男であった。
頭は粋な本多髷、腰には長刀・短刀の二本差し、そして裏白の紺足袋に雪駄履き……
——あの男、「同心」か……
あとから、枇杷茶色の小袖を纏った女が出てきた。
丸髷に結った髪に剃り落とした眉、お歯黒を付けたさまから人の妻と知れた。
「広次郎さまも……どうか、御役目恙きよう」
兵馬の妻である——美鶴であった。
「くれぐれも、お身体を軽んぜず、どうか息災に……」
広次郎、と呼ばれた同心はしっかりと肯く。
美鶴に思わず、笑みがこぼれた。
二人は互いを見つめ合っていた。