大江戸シンデレラ
「……お待ちくだされっ、旦那さまっ」
すっかり丸腰になった広次郎の前に、美鶴は思わず飛び出した。
枇杷茶色の小袖の着物が汚れるのも構うことなく、すぐさま両膝をついて正座する。
そして、深々と兵馬に向かって平伏した。
「ひ、広……いえ、島村殿にこそ科はござりませぬ」
広次郎と同じく、兵馬の顔をいっさい見ることなく地面にひれ伏したまま、美鶴は告げた。
「本日は、松波の御姑上様よりわたくしに託されたものを、島村殿がお届けござっただけのことにてござりまする」
美鶴はさらに頭を下げた。
額が地面に触れ、土に塗れたかもしれぬ。
だが、万が一でも此れで夫の溜飲が下がって広次郎の命が助かるのであらば、いくらでも土に塗れよう。
「それに島村殿は先般、わたくしがしばし世話になった島村家の嫡男になったばかりにてござりまする」
広次郎は、子のおらぬ島村 勘解由がようやく迎えた「嗣子」なのだ。
「もしも、妻敵討にてだれかを打ち首にせねば、旦那さまの面目が立たぬと云うのであらば……」