大江戸シンデレラ

「……云いたいことは済んだか」

夫・兵馬の固い声が辺りに響いた。


美鶴はハッとする。

夫の目の前で見苦しくも云い訳をしてしまった。
武家の妻として恥ずべきことである。

「旦那さま……誠に申し訳ありませぬ」

我が身の命乞いをするつもりは毛頭あらぬが、島村家へと火の粉が飛ばぬよう、ただひたすら平伏して詫びるしかない。


さような決死の姿の妻を、兵馬はじっと見据えていたが、不意に目を逸らした。

「……おい、同心」

そのまま、後ろに控える広次郎の方へ目を()る。

「はっ」

広次郎は再び目を伏せ、応じた。

「おめぇさん、御役目中に持ち場を抜けて此処(ここ)に参ったんじゃねぇのか」

広次郎は、同心が御役目の際に纏う着流しに黒羽織姿であった。


「即刻、御役目に戻れ」


同心にとって、上役の与力からの下知(げじ)は「絶対」である。

その与力が北町の者であろうと南町の者であろうと、同心であらば従わねばならぬ。

広次郎は眼下の地面を見つめながら、唇を噛み締めた。

「……御意」

どんなに口惜しかろうと、応じる以外の道はなかった。

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