大江戸シンデレラ

「……あんまりでありんす」

美鶴は心外とばかりに異を唱えた。

「それこそ……若さまはなにを(あかし)にお云いでなんしかえ。
わっちは吉原にいた頃には、広次郎さまのことなどつゆも存じておらでなんし」


「それは……本当(まこと)でござるか」

まだ信じられぬ(さま)の兵馬に、美鶴は大きく肯いてみせた。

「若さまと明石稲荷で逢う約束をしなんした大川の川開きの日の夜、わっちは必ず参ると決めていなんした。されども……」

あの夜のことが、美鶴の心の(うち)にまざまざと甦ってくる。

「わっちが若さまと逢うために向かおうとしなんした矢先、いきなり久喜萬字屋(見世)から着の身着のまま追い出されるがごとく駕籠(かご)に乗せられ、連れ出されなんしたんでありんす」

確かに、兵馬の命により調べさせられた吉原の面番所の岡っ引きも、舞ひつるが川開きの日を境にぷっつり吉原からいなくなったと云っていた。

「その連れて行かれた先が、北町奉行所の同心・島村さまの御家(おいえ)でなんし。
しかも、その頃はまだ広次郎さまが島村さまの嫡男になっておらでなんしゆえ、出()うたのはしばらく経ってからでありんす」


「……それでは……同心の島村の家が、そなたを吉原から『身請け』した云うことか」

「さぁ……わっちのような者には、なにも聞かされておらでなんしゆえ」

如何(いか)なる折も、美鶴はいつも蚊帳の外であった。


「それに、わっちは島村さまから祝言の相手は広次郎さまだと聞かされておりなんした」

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