大江戸シンデレラ

俗に「江戸の三男(さんおとこ)」と呼ばれる「与力・相撲取り・火消しの(とび)」は江戸に住む女人たちの憧れの的であった。

中でも、きりりと精悍な面立(おもだ)ちで(かしら)は粋な本多(まげ)の、南町奉行所の筆頭与力・松波 多聞(たもん)は、若かりし頃(ちまた)では勝手に浮世絵にされるほどの鯔背(いなせ)(おのこ)だった。

御用と書かれた提燈(ちょうちん)を背景に、右手に持った手綱で暴れ馬を難なく操りながら、左手に持った朱房の十手で部下の同心たちを操り、悪党に向かって不敵に微笑む多聞を模した、
()れぞ、天晴(あっぱ)れ大江戸の与力」
という惚れ惚れするほど勇ましい姿の絵が、江戸の女子(おなご)たちを夢心地にさせ、飛ぶように売れていた。

御公儀(幕府)から、武家に対して無礼千万と睨まれて、浮世絵師たちに手鎖などの御(とが)めがあってはならぬので、一応表向きは「歌舞伎役者の何某(なにがし)が演じた与力」という(てい)になってはいたが。

だが、そんなことはするっとお見通しの世間は、多聞のことを「浮世絵与力」と呼んでいた。

< 48 / 460 >

この作品をシェア

pagetop