大江戸シンデレラ
俗に「江戸の三男」と呼ばれる「与力・相撲取り・火消しの鳶」は江戸に住む女人たちの憧れの的であった。
中でも、きりりと精悍な面立ちで頭は粋な本多髷の、南町奉行所の筆頭与力・松波 多聞は、若かりし頃巷では勝手に浮世絵にされるほどの鯔背な男だった。
御用と書かれた提燈を背景に、右手に持った手綱で暴れ馬を難なく操りながら、左手に持った朱房の十手で部下の同心たちを操り、悪党に向かって不敵に微笑む多聞を模した、
「此れぞ、天晴れ大江戸の与力」
という惚れ惚れするほど勇ましい姿の絵が、江戸の女子たちを夢心地にさせ、飛ぶように売れていた。
御公儀から、武家に対して無礼千万と睨まれて、浮世絵師たちに手鎖などの御咎めがあってはならぬので、一応表向きは「歌舞伎役者の何某が演じた与力」という体になってはいたが。
だが、そんなことはするっとお見通しの世間は、多聞のことを「浮世絵与力」と呼んでいた。