大江戸シンデレラ
兵馬は、虚を衝かれた面持ちになった。
いずれは父親が担う御役目だけでなく「浮世絵与力」の名跡をも引き継ぐと、巷を騒がせている面構えには、とても思えぬ呆けた顔を曝している。
廓の妓ごときから、まさかかような物云いをされるとは、つゆほども考えていなかったであろう、と舞ひつるは慮った。
お武家の兵馬が、おのれの真名の名乗りを挙げられぬことなぞ、それこそ百も承知の二百も合点だった。
——さすれば、わっちの方も名乗りなんし義理はあらでなんし。
いつしか、小堂の外の雨の音が静かになり、ほとんど聞こえなくなっていた。
「……遅うなりなんしたら、もう見世から出してもらえのうなりなんしゆえ、わっちはこれでお暇いたしんす」
舞ひつるは、すっ、と立ち上がった。
そして、真っ白な前掛けを整えると、背筋を伸ばして裏の戸口へと歩んだ。