大江戸シンデレラ
まず、羽衣が目の前の漆喰紙に、さらさらと一首ものす。
『風をだに 戀ふるは羨し 風をだに 來むとし待たば 何か嘆かむ』
〈ただ風が吹いているだけでも、おのれが恋していることを感じられる人がうらやましい。
私と違ってその人は、待てば訪れてくるお方がいるのだから、なにを嘆くことがあるでしょう〉
天智帝の妃であったが、忠臣の中臣鎌足に下賜されたという逸話のある鏡王女が詠んだ歌である。
その刹那、舞ひつるになぜか、
『なぁ、おめぇも……好いた男でもできりゃあ、
ちったぁ判るようになるんじゃねぇのかい』
という兵馬の声が、心に過った。