大江戸シンデレラ
「同じ『待つ』歌であらば……」
結局のところ、廓の妓は男を「待つ」の商売だ。
ゆえに、禿たちは「待つ女の心持ち」が託された歌を一番先に覚えさせられる。
「わっちは此の方の歌が好きでなんし」
羽おとが硯の墨にたっぷりと筆の先を浸したのち、漆喰紙の上に走らせた。
小振りでしっとりとした筆跡の羽衣とは真反対の、まだあどけなさが残る大振りの手である。
『吾を待つと 君が濡れけむ あしひきの 山のしづくに ならましものを』
〈私を待つ間に、あなたが濡れてしまったのでしょう。あなたを濡らした山の雨の雫になれるものなら、私がなりたかったものを〉
草壁皇子がいながらも、大津皇子とも逢瀬をしていたと云われる石川郎女が、大津皇子から贈られた歌に対する返答の相聞歌である。
自ずと……あの日、俄かに雨が降ってきて、兵馬と明石稲荷の小堂で雨宿りしたときのことが、舞ひつるの心に甦ってきた。