大江戸シンデレラ

兵馬は御役目のある身である。
流石(さすが)にこうも続けば、舞ひつるの明石稲荷参りの「供」ができぬ朝も出てきた。

されども、さような折には必ず前の日に小堂で、
()りぃが、明日は此処(ここ)にゃあ来られねえ』
と、知らせてくれる。

そして、怖いくらい真剣な(おも)差しで、
絶対(ぜってぇ)に、おめぇ一人で来るんじゃねえぞ』
と、釘を刺された。


「……舞ひつる」

羽衣に、静かな声音(こわね)で促される。

舞ひつるは、はっ、と我に返った。
あわてて漆喰紙に目を落とし、筆を取る。

羽おりがものする前までは、羽衣がものした『風をだに……』の鏡王女の妹とされる額田王が詠んだ、

『君待つと 我が戀ひ居れば 我が宿の (すだれ)動かし 秋の風吹く』

〈あなたを恋しく思いながら待っていると、我が家の簾が揺れたので、あなたが来てくれたのかと思ったら、秋風が揺らしただけであった〉

を舞ひつるは書こうかと思っていたのだが……

万葉の昔の天子様(天皇)も大勢の妻を持っていたと云うが、天智帝は鏡王女()を手放したのち、すでに弟の天武帝との間に一女をもうけていた額田王()を我が妻に迎えたそうだ。

そして、この歌で額田王が待ち侘びている相手は、その天智帝だと云われている。

そもそも、この歌が先にあって、返し歌の方が『風をだに……』であった。

ゆえに、この歌を(えら)ぶのは舞ひつるにとって()(きた)りで、おもしろみに欠けるような気がした。

また、羽おりに「郎女(いらつめ)」も織り込まれてしまったため、場の「流れ」にそぐわなくなってしまった感が否めない。

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