大江戸シンデレラ
想い人に逢えぬ憂いを帯びた羽衣は、ますます美しい。
見世では、客に対して「主さん」と呼びかけるのが定めだが、羽衣は舞ひつるたちの前でだけ、密かに「左京さま」と呼んでいた。
さような羽衣の姿を見ていると、舞ひつるにまた歌が浮かんだ。
筆を取り、墨を含ませ、漆喰紙に向かう。
『白鳥の 飛羽山松の 待ちつつぞ 吾が戀ひ渡る この月ごろを』
〈白い鳥が飛ぶ飛羽山の松が待つように、私もあなたを恋しく思い続けている、この何ヶ月も〉
『衣手を 折り廻む里に ある吾を 知らずぞ人は 待てど来ずける』
〈着物の袖を折り畳むようにしてひっそりと里で暮らす私を、あなたは知らなかったのでしょう。私がこんなに待っていても、あなたは来ないのだから〉
これらの二首は「詠み人知らず」ではなく、笠郎女の名で記された歌だ。
先にものした歌よりもこちらの方が良かったのではないかと思いつつ、舞ひつるが堰を切ったかのように続けざまに認めていると、
「……やっぱり、舞ひつる姐さんはわっちらとはお頭の出来が違うでなんし」
羽おりが口惜しそうに、その愛らしい口を尖らせる。
「舞ひつる姐さんに張り合おうとしなんしが、お門違いでありんす」
羽おとが呆れた声で窘める。
そのとき、にわかに座敷の外の音が耳に入ってきた。
廊下では摺り足ではあるが、あわただしく人が行き交っているようだ。
何事かと思った矢先、訪いの声なくいきなり襖が開いた。