大江戸シンデレラ
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


とうとう玉ノ緒にとって、三味線のお師匠・染丸から稽古をつけてもらえる最後となったこの日。

最後に舞ひつると三人で端唄(はうた)(さら)ったあと、染丸はお三味と(ばち)を脇に置くと、しみじみと云った。

「……玉ノ緒、此度(こたび)のおめでたき(よし)、まことに良うござんした。わっちもうれしゅうござんす。
淡路屋さんへ()っても、達者でやってくんだよ」

玉ノ緒は改めてきちっと正座し直し、三つ指をついて深々と頭を下げた。

「染丸(ねえ)さん、右も左もわからぬ幼き頃より今日(こんにち)まで……まことにお世話になりなんした。
姐さんこそ、どうか末永くお達者で……」

声が詰まって、そのあとの句が継げない。

「やだねぇ、湿っぽいのは()しとくれ。
なんだよ、その云い(ぐさ)は。
金輪際会えねぇわけじゃあるまいし、縁起でもないよ。わっちは淡路屋さんのある町家に住んでんだかんね」

まるで今際(いまわ)のきわのごとき玉ノ緒の口上(こうじょう)に、染丸が気色ばむ。

「……まぁ、要領のいいおまえさんのことだ。
嫁いた先でも、うまいことやってけると思ってっからね、心配なんぞこれっぽっちもしてねぇけどさ」

そうは云いつつも、染丸の目には光るものが見えた。

玉ノ緒を飛び抜けたお三味の上手(じょうず)にまでに育て上げたのは、染丸だ。

いくらお目出度(めでた)慶事(こと)とは云え、とりわけ目をかけていた「一番弟子」に去られるのはさぞ寂しかろう。

「淡路屋の若旦那と……幸せにおなり」

(おもて)を上げられず、ただ肩を震わせる玉ノ緒の(せな)を、染丸はぽんぽんと叩いた。

そして、舞ひつるの方に向き直り、

「これから先は、玉ノ緒のぶんまで舞ひつるを仕付けるからね。覚悟しなよ」

口元に薄く笑みを浮かべて、ぎろり、と見た。

「ええっ」

お三味が不得手な舞ひつるにとっては、とんだ厄災だ。

< 72 / 460 >

この作品をシェア

pagetop