大江戸シンデレラ

「……玉ノ緒」

稽古を終えた染丸が座敷から去ったあと、舞ひつるは話しかけた。

お三味の不得手な舞ひつるですら——さればこそかもしれぬが——今まで稽古を付けてもらったお師匠のうちでは、気風(きっぷ)の良いサバサバした気性の辰巳芸者の染丸に一番(いっち)魅かれている。
得手で、贔屓にされている舞のお師匠よりもだ。

しからば、お三味にあないに精進した玉ノ緒に至っては、云わずもがなであろう。

玉ノ緒は(いま)だ潤んだ切れ長の目を、(たもと)から取り出した懐紙で拭いながら、舞ひつるを見た。

今までこれだけ同じお師匠に付いて稽古を続けていながら、実は二人はほとんど話をしたことがない。

互いに無駄口を叩く気質(たち)ではないのもある。

しかしながら、やはり見世の客を巡って相対(あいたい)する立場である、と云うことが大きいかもしれぬ。

玉ノ緒は、姉女郎である昼三の玉菊、妹女郎である禿(かむろ)のたまゑ・たま()、そして番頭新造のおかね(・・・)と組んで見世の御座敷に出ていた。

相手よりも一日も早く見世の最高峰・呼出になるべく、切磋琢磨している其々(それぞれ)の姉女郎を見ていると、たとえ同じゅう歳だとは云え、気安う声をかけて話をしようなんざ、夢にも思えなかった。

されども、身請に向けていよいよ支度に入った玉ノ緒は、お三味以外の稽古を受けることはもうなかった。
お三味だけが、玉ノ緒たっての願いで続けられていたのだ。

それも、本日で終わる。


「……玉ノ緒」

もう一度、舞ひつるは話しかけた。

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