大江戸シンデレラ
「何をお云いでなんしかえ。
淡路屋さんの若旦那は、玉ノ緒をお撰びになりなんし」
舞ひつるは驚いて云った。
「それに、わっちは若旦那に会うたことなぞ、一度もあらでなんし」
吉原には、名の通った上客がいったん「馴染みの娼方」を定めると、その遊女が廓内での「妻女」と見做され、同じ見世はもちろんほかの見世ですら妓を買えなくなるという不文律がある。
もし露見すれば、廓じゅうから「半可通」の烙印を押されて忌み嫌われる。
この先、その者が大門をくぐることさえ難儀となる「恥」である。
そもそも、淡路屋の主人は今でも身請けしたお内儀一筋らしい。
ゆえに、玉ノ緒の姉女郎・玉菊を「娼方」にすることもなく、ただ商いで付き合う相手の店へのもてなしのためだけに、かつてお内儀が世話になった久喜萬字屋を贔屓にし登楼していた。
さようであらば、玉菊に果たす「義理」など端からないのだが、それでも淡路屋は父子ともども、羽衣の座敷を訪れたことはただの一度もなかった。
文句のつけ処のない、綺麗な遊び方である。