大江戸シンデレラ

「されども……」

玉ノ緒は目を伏せて云い(よど)む。

「何を案じていなんし。
もしかして……吉原(さと)を出て、町家の商家で暮らしんすことかえ」

舞ひつるは、玉ノ緒の目を覗き込むようにして尋ねる。

——確か、玉ノ緒の故郷(くに)は秩父でなんしたか。

生まれた百姓家と育った(くるわ)そして嫁ぎ先の商家とでは、暮らし向きがずいぶんと異なるに違いないと(おもんぱか)った。

「案ずる心持ちはわかりんすが……
久喜萬字屋(うち)のお内儀(っか)さんが、
『お内儀(かみ)おさよ(・・・)も通ってきた道だし、淡路屋さんも客商売だ。悪い評判は立てたかねぇだろうから、玉ノ緒を無碍(むげ)にゃしやしないよ』
って云うとりんした。
それに、見世のだれもが、淡路屋さんへ嫁ぐ玉ノ緒は運がよろしゅうなんし、きっと幸せになりんす、と云うていなんし」

噛んで含めるように、玉ノ緒に説く。

(ちまた)では苦界と云われなんしこの吉原(さと)に身を沈めたにもかかわらず、玉ノ緒は生娘のまま娑婆(そと)(いで)て嫁入りしんす」

それでもまだ(うつむ)いたままの玉ノ緒に、なおも語りかける。

「わっちらがこの見世に来なんしてこの方、落籍()かれた遊女や女郎は幾人かいなんしたが……
此度(こたび)のような振袖新造(ふりしん)の身請を、一度でも目にし耳にしたことがありんしたかえ。
きっと、身を粉にして精進し続けた玉ノ緒を、お天道(てんと)さんが見てておくんなんした(あかし)でありんす」

いくら振新を嫁にほしがる商家が多いとは云え、やはり大金(はた)いてまで思い切る店は稀有(まれ)だ。


ようやく(おもて)を上げた玉ノ緒は、舞ひつるに向かって一つ肯いた。

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